Dynamic Conference ! -- インド日記 3日目 --
■8月3日■

カンファレンスの始まりの日。
ホテルから送迎バスがでるようなので9時に乗り込む。
でも発車したのは9時40分。なんでや。

ガタガタの道と騒々しい道を走ってプネ大学構内へ。
大学の中はテーマパークみたいにジャングリッシュ。

会場にはぎりぎり到着して、はじめの挨拶や表彰などが行われた。この会議のプログラムが発表されたのはなんとこの日。当然初日から用意してない人やそもそもまだプネに来てない人もいるわけで。LOCの挨拶でも本会議はDynamic Conferenceと称して柔軟にプログラムを動かしていくとか言ってるし。この時点で自分の発表が6日であることが判明した。

Dynamicっぷりは初日から爆発で、しょっぱなに3つ予定されていたハイライトトークは登壇者がいないということで2個がキャンセル。午後一のセッションもいない人を飛ばして最終日の人たちが繰り上がって話すなど大混乱。トークの持ち時間も、セッションの時間を登壇者で割り算してその場で決まるお粗末さ。ありえねえ。

食事は臨時の巨大テント。(写真)
裏で炊き出しをやってるさまはさながら避難所。
でもカレーはうまい。

レジストレーションにいくと大行列。窓口1個で対応していて、レシートをその場でプリントアウトして渡しているという適当さ。ネームプレートも入れてほしい文字を紙に書いて渡し、数人分たまったらまとめてプリントアウト→切り分けというのをそのばでやっているから大混乱かつ非効率。もうちょっとなんとかしろと。
■8月2日■

8時ごろおきて航空会社に電話してフライト状況を聞く。
1時間くらいで返事をくれるらしいので飯も食わずに待機。
待つ間にWEBで外務省渡航情報をチェック。
特にムンバイへの渡航を止めるような記述はなかった。

1時間半まっても連絡がこないのでもういちど電話すると、
12時にフライトがあるからすぐにチェックインしに来い、と。

あわててホテルをチェックアウトして空港へ。
ばたばたとチェックインして搭乗口に向かう・・・

 他 に 客 は い な い ん で す か 

チェックインのときに聞かれた通路側も窓際もないし!
乗客30人くらいしかいないし!
ガラガラの機内を撮った写真間違って削除しちゃったし!

ムンバイ上空にさしかかると、いたるところに水溜りが。
もともと湿地帯だったのか新しくできたのかはわからないけど。

空港に着くと警備員が銃をもってるのでちょっとびびる。
会議のLOC(現地役員)に連絡を取ると、タクシーを手配してプネまで行け、という指示だった。そのへんのめんどくさいことは教授たちにお任せしてぼーっとしていた。

蒸し暑くて雨が降ってて、
見知らぬ土地にくると帰りたくなるね。

警備員がタクシーを紹介してくれた、らしい。
待ってる間に同じ便に乗り合わせていた台湾人の会議参加者とシェアすることに。現在はオハイオ大にいるそうだがこいつがまたデブなんだこれが。

やってきたのは(いちおう)6人乗りの小型バン。
後列にその台湾人とうちのボスと自分の3人が押し込められた。
ごついの3人はきつすぎる。密着密着。しかもクーラーないし。

スラムの一角に連れて行かれて代金を支払う。3500ルピー(約1万円)。その少しの間にも子供が「money, money」と寄ってきた。

スラムから下町の路地を抜けていったのだが、
交通がありえないくらいにカオスだった。
車線という概念はなく、空いていたら詰める。クラクションは鳴らしまくる。そこらじゅうから人や車が出てくる。道の舗装はガタガタ。信号で止まってるとガリガリの母親が乳児に飯をくれとすがってくる。

・・・いろいろ参った

60km/hくらいしかでない車でやく4時間、プネに入れたが・・・
ここも洪水が起こっていて交通が乱れまくり。逆行して走ってくる二輪などもいたがエンストを起こすバン。(マテ

行き先のホテルの場所を知らないドライバー。
我々はホテルがばらばらなので、それぞれ送るなら追加で1000ルピーだとか突然言い出す運転手。台湾人が機転を利かせて、一箇所に送ってもらい、そこのホテルから各ホテルに連絡を取ってもらうことに。

いやー英語が堪能なのはかっこいいねえ。

彼のおかげで首尾よくホテルにたどり着けたが、
疲労の極みでバタンキュー


(執筆中)
ムンバイ空港閉鎖中? --インド日記 1日目--
さあ始まりましたよ。

■8月1日■

目的地:プネ(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%8D)
目的:国際会議
経路:関西→シンガポール→ムンバイ→プネ

MKスカイゲイトシャトルにて関空へ。
12時フライトで朝の7時過ぎにお迎えが。はえー
うちのボスと合流して関空へ到着、チェックイン。

ムンバイへは4日ほどフライトがないらしく、
シンガポールまでしかチェックインさせてくれない。
トランジットホテルも満室状態だという。
とにかくシンガポールまで行くことにしてチェックイン。

朝飯を食ってないので月見ざるそばか何かを食べた。
(珍しく)ボスがおごってくれた。

シンガポールについて、成田からくる東海大の教授と学生と合流。入国して荷物を拾った。

arrival情報を見ているとムンバイからのフライトがいくつか到着していた。翌日からフライト再開とのことだったが、どうしようもないので街中にホテルを手配して一夜をすごすことに。

ホテルのシャトルバスで送ってもらいチェックイン。
シンガポール入国も初めてだな。

経費削減のため、両教授と相部屋。
本来ならこの日にムンバイ入りして一泊の予定だったので、
宿泊予定のホテルにキャンセル電話を入れた。
すると向こうの返事は
「水浸しなのでどうしようもない」
飯の食える場所をホテルで聞いて、タクシーで街にくりだした。

タイ料理の店に入って辛いものづくし。
そしてタイガービールがいつもうまい。

あたりを散歩した後、タクシーを捕まえて帰ろうとするのだが、
ホテルまで遠いからダメだとか、もう時間がないからダメだとやたらに断られた。時間は夜の10時前だったのだが・・・
シンガポールのタクシーは夜10時で乗務員交代なのか?

近くにあったホテルのタクシー乗り場に並んでみるが、
まったくタクシーがやってこない。1時間はまったと思うが結局あきらめて、ホテルの人に頼んで呼んでもらうことにしてようやく帰れた。

ホテルでCNNを見てると、ムンバイの洪水ニュースが。
さらに雨の予想がされていて、外務省ニュースか何かでは渡航を控えろ的なコメントが・・・

翌朝にWEBで確認することにしてこの日は終わり。

生存報告

2005年8月3日 旅行
えー、ただいまインド時間で8月3日になろうとしてます。
なんとかプネにたどり着いています。
もう帰りたいですが。

1日に関空へ行くと、シンガポール→ムンバイ便が4日ほど飛んでないという話で。チケットもシンガポールまでしか出してくれないまま、とりあえずシンガポールへ。

ついてみたはよいがやっぱり飛んでないのでとりあえず入国。
東海大の人たちと合流してシンガポールで一泊することに。

空港でホテルの手配をしてチェックイン。
飯を食べにタクシーで市街にくりだす。
タイ料理屋で辛いものをいっぱい食べた。

帰りにタクシーを拾おうとすると、ホテルが遠いからと乗車拒否されまくる。近くにあったホテルの前のタクシー乗り場に並ぶも1時間以上タクシーが来ない。結局そのホテルに配車をお願いしてなんとか帰れた。

以下続く。

スキー

2005年3月6日 旅行
修論打ち上げということで、
M2の3人で白馬までスキーに行ってきました。
バス2泊宿1泊、リフト代・レンタル代・宿は2食つきで2万円。
安い。宿の飯もかんたんなコースで予想をはるかに上回る豪華っぷり。

個人的にスキーは10年以上ぶりでした。
まあ、すれべるんですが、
いかんせん高所恐怖症なんで、落差のある斜面はダメです。
頂上まで連れて行かれ、数時間かけておりて来たはいいもののぐったりでした。

きっと僕には向いてないスポーツなんだ、うん。
もう忙しくて何が何やら。

出張行って来ましたよ。
望遠鏡を1台立ち上げてきましたよ。
学会も行って来ましたよ。
報告してきましたよ。

なのに4月7日からまた南半球でどうなの(泣)

天体写真はほとんど撮れてませんでした・・・
しっかり勉強してからでないとだめだな。

今回の1枚↓
http://www-cr.scphys.kyoto-u.ac.jp/member/nakamori/photo/can/2004/Feb_Mar/IMGP0700.JPG
えー、各方面から催促されたので(笑)、出張の報告を。

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日程:
1月11日夜 関空→ 12日朝 ブリスベン
12日朝 ブリスベン→ 12日昼 アデレード
12日夜 アデレード→ 13日丑三つ時 ウーメラ (高速バス)

2月2日朝 ウーメラ→ 2日夕方 アデレード (高速バス)
2日夕方 アデレード1泊
3日早朝 アデレード→ 3日昼 シドニー
3日昼 シドニー→ 3日夜 関空
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そもそも何をしに行ったかといいますと。
日豪国際共同実験で、南オーストラリア州はウーメラという砂漠の真ん中に望遠鏡を建設して、天体観測を行っています。それで、当然観測を行うのには人間がいかないとだめなわけで、

移動中はずっと一人でした。
もとより一人旅は大嫌いで。寂しいし。見知らぬ土地は落ち着かないし。
でも致し方なし。

まず大学で必要な荷物を拾って最終荷造りをして、MKタクシーの「スカイゲイトシャトル」http://www.mk-group.co.jp/shuttle/shuttle_top.htmを利用。door to doorで乗り合いとは言え3000円は安い!便が夜だったためか、同乗者はおっちゃんが一人でした。

で空港に到着。まず何をしていいかもわからない(笑)表示を見たり人に聞きながらなんとかチェックイン。そして待ち時間の間にお好み焼きとビールを。

海外へは以前一度だけ行った事がありまして。
高校のときに学校のオプションプログラムでホームステイで奇しくもオーストラリアはブリスベンに行きました。当時は関空がまだなく、名古屋→ケアンズ→ブリスベンという経路で行きましたが、まあそのときは団体でぞろぞろとついていってただけで、手続きとかはよくわかってなくて。

出発ターミナルには無線LANが飛んでいたのでWEBであそびつつ飛行機を待っていました。するとアナウンスがあって、飛行機の機会整備のために出発が二時間遅れるとのこと。2時間も遅れたらブリスベンでの乗り継ぎが絶望的なので(もともと1時間半しかなかった)どうなんねんと係りの人に聞いたらそのへんはうまくやってくれるのだそうで。待ち時間の間、パンとつまみとジュースが配布されました。

そんなこんなで夜の11時半に離陸。それでもちゃんと予定通りに機内食がでるんやねえ。夜中の1時に食わすなよ。席は窓側だったのですが、せまい!せまい!ほとんど身動き取れないし、トイレ行くにも二人にのいてもらわないといけないし、で散々でした。というかあの狭さは発狂するかと思いましたよ。僕より体の大きな人はたいへんやろなあ。で、機内では無作為抽出なアンケートが当たり、JALボールペンをもらいました。あと、担当のスッチーがおばちゃんで残念。

けっきょく 二時間遅れでブリスベンについて、入国審査。そしてここから英語の世界。ウーメラにはロケットやりに行くのかと聞かれたりしつつ(一昔前までは軍事機密の町で、ロケット実験地だったからですが)。なぜかそのあとの荷物検査は素通りで、ブリスベンに降り立ちました。ここでケータイの電源をいれたら、同考えても圏外なくせにしばらくの間圏外表示が出ず。あまりに環境が急に変わったので自分の状況がよく分かってなかったみたいです(笑)

そしてブリスベンからアデレードへ国内線のチェックイン。予定されてなかった便に乗れなかったために3時間待ち。で、国際線と国内線のターミナルは離れているので、バスで移動しろとカウンターで言われたので、それに従って言われた場所に行ってみてもよくわからない。仕方ないのでそのへんの人を捕まえて聞いたら、電車で行けと。どないやねん。

電車は市内から空港を結んでいて、航空チケットを見せるとただで乗れました。そんでもって手荷物検査等をして、腹が減ったので適当に買ってたべつつ、外貨の両替を。1万円で100ドルちょい帰ってきました。(手数料込み)

シートの狭さに懲りたので通路際にしてもらいました。んでもって自分の席を探しながら通路を進んでいくと、手荷物を下げた手が何かにめり込みました。そっちをみると通路の幅いっぱくらいのスッチーのケツに手がめり込んでました・・・

結局アデレードに着いたのは午後4時くらい?オーストラリアに入ってからすぐに時計を合わせなかったのでよく分かりません。そのせいで後ほど危ない思いをするのですが・・・

出発の直前にに、共同実験グループであるアデレード大学に寄って、荷物を受け取っていってくれと頼まれまして。で、受け取る相手(実際に話したことない)に訪問する旨メールを投げてから来たのですが、ほんとに出発直前にメールを出したため返事があっても受け取れないままだったのでナカナカにドキドキでした。おそるおそる訪問し、ブツを受け取りつつしばしの談笑(笑いがあったかどうかはよく覚えてないが)。アデレードで買出しを頼まれていたことを告げると店の場所を教えてくれたり、もうすぐ店が閉まる時間やから早く行ったほうがいいよみたいなこを言われたのでそそくさと移動開始。

ウーメラでの共同生活は自炊なのでイロイロと食材が必要です。スーパーがありますが品揃えは決していいとは言えません(生活はできるレベルですが)。また、オーストラリアは独自の生態系維持のため動植物・飲食物の持ち込みが厳しい国で、日本からおいそれと食材やインスタント物などを持ち込むことができません。でもアデレードには日本や中華・韓国系の食材が売っているので、必要に応じて道中で買っていくのです。僕と共同生活したのは他に二人でしたが、その二人は僕より数日先にウーメラ入りしていて、その二人から「春巻きの皮」を頼まれていたのでした。

#なんでもバスに忘れたとか。

ショッピングモールに行って大型スーパーにピンポイントに狙いをつけ、必要なものとCD(謎)を買い、観光しようにもいいかげん夕方なのであまり行くところもなく。晩飯でも食うことに。ガイドブックをパラパラと眺めながら、クロコダイルカレーがある店に行きました。インディカ米とタイカレーにクロコの肉が入った感じでした。肉の味は淡白でやわからチキンな感触でした。

国外逃亡

2004年1月11日 旅行
ちょっくら南半球へ行ってきます。
星空が楽しみ。

盛岡で麺祭り

2003年8月11日 旅行
某セミナーで盛岡行ってきました。
遠い・・・

帰りに町をぶらぶらしながら盛岡冷麺とじゃじゃ麺食ってきましたよ。昼食と夕方食に。げぷ。

■盛岡冷麺■
注文したら辛さはどうするかと聞かれた。何があるのか聞いたら早口でよくわからなかった(を
「xxx、中辛、大辛、激辛、xxx」だったと思う。あんまり辛くて味がわからなくてもあれなので中辛で。
http://yakitori.no-ip.com/~tak/photo/IMGP0251.jpg
写真じゃよくわからんけど汁の色が左右で違いますが?左側のキムチゾーンから染み出した赤い汁が強烈でした。個人的に冷麺にすいかは勘弁

中辛でも辛すぎてとりあえず味はよくわからなかった;
誰か最上位のアホ辛(仮称)に挑戦してみてください。

■じゃじゃ麺■
町を適当にぶらついて、冷麺屋の隣にあったじゃじゃ麺を食った。
http://yakitori.no-ip.com/~tak/photo/IMGP0256.jpg
酢とラー油で味付けをしてのってるみそなどをまぶして食べる。8割方食べ終わったらチータンタンに変形。
http://yakitori.no-ip.com/~tak/photo/IMGP0257.jpg
麺などが残った状態の中に卵スープ。塩コショウで味付けして食べる。

さじ加減がよくわからんから微妙な味だった。店で味付けしてよー

##
駅前のわんこそばを食った連中がいて。
皆さま100杯とか150杯とか食ったそうです。
おそろしや。

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